ガソリン車の新車販売の禁止と石油業界
トータルカウント(total count)とか純インパクト(genuine impact)という投資判断が注目を集めている。環境を含めてマクロ的な視点から、企業活動のプラスとマイナスを評価し、それらを合わせて(トータルカウントして)、社会的に有用な(プラスな)企業なのか、害をなす(マイナスな)企業なのかを判断しようとするもので、企業の社会的価値を示す考え方である。それゆえトータルカウントが純インパクト(価値)となる。
環境問題が突出して焦点化する中では、経済性や安定供給は前提として横に置かれ、環境問題が石油産業に3つの制約を課している。
第一の制約は、地球温暖化対策としての政策的制約であり、パリ協定(2016年発効)以降に示されてきた温室効果ガスの削減目標を、バックキャスト(backcast)とした制約である。
2020年から、燃費基準として企業別平均燃費基準方式(CAFE方式)が採用された。これまでの次世代自動車戦略におけるEV、PHVの目標は非現実的であった。しかし新基準値は、エンジン車のみで達成するにはハードルが高く、政策的に電動化への誘導を明確にした。
そして第二の制約がESG投資(環境、社会、統治)である。国連は、地球温暖化が原因と思われる自然災害が頻発する中で、環境要因は経済性より優先されるべき前提として、投資にESGの視点を組み入れる責任投資原則(PRI)を打ち出した。もはや環境視点は企業が資金を確保する上で避けられないものとなった。PRIの署名機関は、世界で3,380社、日本においても日本生命をはじめ84社(2020年9月現在)
が署名しており、その影響は小さくない。
ニューヨーク証券取引所のダウ30銘柄からエクソンモービルが、医薬品のファイザーなどとともに除外された。エクソンモービルは、世界大恐慌の前(1928年)から産業界を代表してダウ銘柄に採用されており、最も古く最も長くダウの銘柄であり続けた。エクソンモービルなどの代わりに採用されたのはセールスフォース・ドットコムというDXの最大手の会社であり、ファイザーもバイオ製薬のアムジェンと代わった。投資と石油の間に距離を感じさせる出来事であった。
地球温暖化を防止する環境団体などの活動は、2018年以降、欧州においてさらに活発となり、自動車メーカー、石油会社へ強く圧力を掛けるようになった。2020年のベルギーで行われたモーターショーでは、気候変動の危機を訴える団体の活動家らが血に見立てた赤い液体を展示車にまき、周囲に横たわって死んだふりなどをした。またこのグループは、石油大手ロイヤル・ダッチ・シェルの展示ブースで「シェルは殺し屋」と書かれたプラカードを掲げ、同社のロゴを模した仮面をつけて、ビラを配るなどして抗議活動を行った。ベルギーの警察は、150人近くを逮捕したが、身元確認をしただけで釈放した。これらの動きに対応してダイムラー社は、2020年のCES(Consumer
Electronic Show)において、「地球に悪影響を与えないゼロインパクトカー(乗用車の排出するCO2を実質ゼロ)の実現」によって環境性を重視する姿勢を示した。これは「クルマを悪者にしないための取り組み」であり、自動車メーカーの強い危機感を具体的に示したものであった。いまや車社会のあり方は環境問題そのものとなった。
さらに訴訟リスクの増大が、環境問題への取り組みを加速させている。2017年12月に、米国カリフォルニア州のサンフランシスコ市とオークランド市は、「気候変動は公的不法妨害であり、温暖化による洪水対策費は石油会社が負担すべき」と主張し、BPなど石油大手5社らを相手取って損害賠償を求める訴訟を起こした。要求は棄却されたが、判決理由として判事は、「連邦地方裁判所は原告2市の申し立てに対処するには適切な場ではない」とした上で、判決文では「判断は差し控え、立法府ならびに行政府による解決策を支持する」とした。同様の裁判はニューヨーク州などでも起こされており、これはかつてたばこ会社が通った長い裁判の道のりを思い起こさせるものとなった。石油会社をして反社会的な公害企業を連想させるなど、石油会社への意識や感情は急速に悪化している。
石油会社は、長いエネルギー転換期において、一方で安定供給の責務を負いながら、他方で反社会的な連想が共存する中で、事業転換と環境適応を行わなくてはならない状況に置かれた。
これからも安定供給が石油産業の社会的役割であることに異論をはさむものはいない。しかしこのプラスのそろばんの玉は、きちんとはじいていただかなくてはいけない。環境問題が今すぐに対応しなければならないことは真実だ。だからこそ、明確な価値をトータルアカウントで示す必要がある。純インパクトは、短くとも十数年はプラスのままのはずだ。(「エネルギーフォーラム」2020年11月 エネルギーをみる目 小嶌正稔