Journal no. 27
アメリカ (2001年10月4日)
ニューヨークのアッパーイーストサイドに、叔母といとこが住んでいる。あのテロの直後に連絡が入り無事なことはわかったが、親しかった消防士を一人失ったらしい。よく家に遊びに来ていた、気のいい男だったという。
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留学していたときに仲の良かった友人の女性は、アッパーウエストサイドに住んでいる。宮崎駿のアニメが大好きで、楽しいことがあるときには必ず声をかけてくれた、美人でとても温かい人だ。背が180cm以上あって、いつも見上げて話さなければならなかった。彼女はポーランドで知り合った男性と結婚し、去年の末には子どもが生まれた。夫君は2mを越える長身だ。彼は、世界貿易センタービルの85階(どちらのビルかは知らない)のオフィスで仕事をしていた。
事件直後から連絡がとれなくなり、彼女は夫の死を覚悟したという。夫君が無事脱出して彼女に電話できたのは、飛行機の衝突から1時間以上経ってからのことだった。その1時間のあいだ、赤ん坊と二人でテレビを見つめる彼女が、なにを感じ、なにを考え、どれほど深い傷が心に刻まれたことだろう。
戦争はいやだし、日本の自衛隊の派遣をめぐる動きも不愉快だけど、それは横においといて、亡くなった消防士の遺族や、心に傷を負った無数の人達のために、なにかしたいと思わずにはいられない。
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日本赤十字社ではテロ事件被災者のための募金を受け付けています。くわしくは、こちら。
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