推理小説


シャーロック・ホームズ



江戸川乱歩


『怪人二十面相』
 小学生の時に、夢中になって読んだ。今読み直したら、あまりの荒唐無稽さにがっかりするのではないか。子供の時に、はらはらどきどきしながら見たはずの東映映画も、今、テレビで見ると、退屈で退屈で。怪人二十面相がそうなったら嫌なので、楽しい想い出のままにしておきたい。

『屋根裏の散歩者』
 学生に推薦する小説の一つにしている。主人公の心情は今の若者にも共通するのではないか。「二階から目薬」という問題があるが、この小説の世界では物理法則が違っていると考えよう。七段目のお軽の鏡と同じ。紐を使うなどの改作も目にしたが、原作特有の気分が失われている。宮部みゆきの『我らが隣人の犯罪』は、換骨奪胎、見事な本歌取りになっていると思う。

『D坂の殺人事件』
 現在の水準からいったら、推理小説として合格点は与えられないだろう。今でも読まれているのは明智ものの原点であり、時代の雰囲気が出ているためか。きざな小林刑事が後の明智であり、小林の名は小林少年に受け継がれ、着物姿の明智は金田一耕助に受け継がれた、と勝手に解釈している。だいぶ前にテレビドラマで郷ひろみが演じたきざな明智と、簡素なセットが印象に残っているので、インターネットで検索してみたら、1992年1月24日のフジテレビ・金曜ドラマスペシャルらしい。演出は久世光彦ということ、さすがだと思う。もう一度見たいドラマの一つである。

横溝正史

『獄門島殺人事件』
 中学か高校の時、『蝶々殺人事件』『本陣殺人事件』それと『獄門島』の3作が1冊になった作品集を読んだ。以来、『本陣』と『獄門島』はなんどか読み直している。
 魅力の一つは終戦直後の世相が描かれていること。ラジオにかじりついて復員兵の情報を聞く家族。旧家の没落。鐘の返還。孤島の事件とはいえ、日本全体の状況でもあった。『本陣』でも、冒頭の傷痍軍人の姿が印象的だった。トリックやキーワードについては、いうまでもない。
 日本の推理小説で1点だけ挙げるとすれば、『獄門島殺人事件』だと思う。

松本清張

『点と線』
 評判に引きずられて読んだのだから、大学2年の時か。評判通り、新鮮で面白かった。印象に残っているのは、最後の方、夜の海岸で犯人が死体を処理する場面の描写。読んでいて不思議だったのは、刑事が犯人の移動手段として、なかなか飛行機を思いつかないこと。いくら飛行機が大衆化していない時代とはいえ、不自然だった。このことを指摘している書評を読んで、自分の読み方もおかしくないんだと、ほっとした覚えがある。
 『ゼロの焦点』でも、ビデオによるアリバイ工作が気になった。
 一般には普及していない技術を使ったトリックの古典といえば、アガサ・クリスティーの『アクロイド殺害事件』か。いまでも電話の新機能を使ったトリックなどが目に付く。新しい技術を使ったトリックは、早い者勝ちなのかもしれない。

『眼の壁』
 『点と線』に続けて読んだ。全体にどぎつくて、『点と線』ほど楽しく読めなかった。印象に残っているのは、東京駅の特別な地下道。へぇー、こんな道があったのか。
 濃クロム硫酸の液槽で死体を処理しているが、これは無理。医学・生物学系の研究室では日常的に器具の洗浄に使っているが、これは目に見えない有機性の汚れを完全に除去するため。いくらプールのような液槽でも、死体を急速に白骨化することはできない。清張自身もどこかでこのことを認めていたと思う。
 表題を忘れたが、凍結した死体をミクロトームで切片にしてしまうという作品があったが、これも清張自身が認めているように、無理。濃クロム硫酸とかミクロトームとか、医学・生物学系の実験を中途半端に知っている誰かが、清張に入れ知恵したのだろうか。
 短編『鉢植えを買う女』では、マンションの風呂桶に死体と土を入れ、時間を掛けて白骨化させているが、悪臭が漏れて騒ぎになってしまうだろう。これも表題を忘れたが、密閉した地下室の死体の死臭がカラスに嗅ぎつかれて露見するという長編もあった。清張は死臭の強烈さを知っていたのに、『鉢植え』ではマンションに大形の鉢を大量に買い込むというアイデアを活かしかったのだろうか。

『渡された場面』
 いつまでも心に残る清張作品というと、長編よりも短編が多い。その中でも、『渡された場面』は傑作だと思う。清張には贋作、盗作、代作を扱った作品がいくつもあるが、清張自身の体験と怒りが込められているようで、どれも読み応えがある。実力のない斯界の権威と、世に出ようと焦っている不遇な作家。科学史研究の世界でも似たようなことがあり、他人事ではない気がする。
 清張が代作者を抱えているという噂はどうなったのだろう。清張の作品の中には、なんだこれは、といいたくなるような愚作もあったが、そんな時は、これは代作者の作品なんだろうと思ってしまう。清張本人は最後まで否定していたようだが、複数の代作者がいたことは事実ではなかったのか。そろそろ内部告発がでてきてもよさそうなものだが。