桃山学院大学では、1981年以来「論文指導」「論文作法」あるいは「論述作文」という授業名で、学生に論文の書き方に関する指導をおこなってきた。開始から20年の歳月を経た今この取り組みを振り返り、そこから得られたものをこれからのカリキュラム設計に生かすべく総括を試みる。
「論文指導」は、全学的カリキュラム改革の重要な一環として計画され、数年の試行を経て1981年より全学部をあげて取り組まれた。その当時、学生の日本語能力の低下がマスコミにも大きく取り上げられるほど表面化しており、大学として放置できないという認識があった。言語能力の低下は大学の存立基盤を危うくし、大学教育が成り立たない状況を作り出すと危惧されていた。この状況を少しでも改善すべく設置された「論文指導」は、日本語の文章を書くことで考える力を養うという目標を持っていた。
「論文指導」の授業を担当したのは、作文教育などの専門教員ではなく、それぞれの分野では専門家ではあっても作文教育については何の経験もない教員たちだった。これは、専門分野の中でふだんから論文を書いている教員こそ論文指導に当たるのにふさわしいはず、という考えと、担当する教員にとっても自らの知識の総合化を図る上でプラスになるという考えに基づくものであった。とはいえ、自らが書くことと、それを学生に指導することとの間には大きな差がある。全学部から専任教員の有志がこの難事業に挑戦した。
「論文指導」の受講希望者数は最初の年から予想を大幅に上回った。1クラス15名程度を予定していたのに倍近い希望者があり、30名を超えると指導が限界に達すると考え、クラスを増やしたり抽選にした。1981年度は17クラス、1982年度21クラス、1983年度22クラス、1984年度35クラスと、年々需要は増加した。必修科目でもなく、出席が必要で毎回のように文章を書かされるかなり厳しい授業であるにもかかわらず、大学教員が必要と考えていた以上にこの「論文指導」のような授業を必要と感じている学生が多数いたということである。
「論文指導」は開始から15年間続いた。カリキュラムの重要な一部として安定した位置を占めていたが、文学部の発足に伴い各学部が独自のカリキュラムを追求するようになると、担当する教員が減っていった。そのため、全クラスを専任教員が担当することが不可能になり、半数以上を非常勤教員に任せることが多くなっていった。
そして、1996年から始まった新カリキュラムでは、この授業の位置づけに関する大きな変化があった。もともと学部専門科目として位置づけられ、通年で4単位の科目であった「論文指導」は、新カリキュラムでは「論述作文」の名で通年2単位の共通自由科目に位置づけられた。単位数が4単位から2単位に減った理由はいくつかあるが、それまで「論文指導」が果たしてきた従来の役割を、経済、社会、経営各学部が設置した「基礎ゼミ」が代行することになり、「論述作文」は演習科目として差別化する必要があったこと、また「英語」その他の外国語科目と並んで学部教育の根幹に位置づけられる「語学」として、新たにこの「論述作文」を位置づけようという意図などがあった。他の語学科目が通年2単位であるため、「論述作文」も2単位にする必要があった。だが、他の語学科目と違い、必修科目とはならなかった。
結局、「基礎ゼミ」では人数が多すぎたり他にやりたい内容があって、とても論文指導などできない状況で、「論述作文」の役割はそれ以前とほとんど変わりなく続いているようである。受講希望者は相変わらず多く、3,4回生、果ては大学院生になってからでもこの授業を受けたい者がいる。位置づけからいっても必要性からいっても必修科目にすべきであることは明白だが、担当教員の問題がそれを阻んでいる。
今の時代において、「論述作文」のような授業の重要性はさらに増していると考えられる。ひとつには、情報化時代は意外にも文字情報の重要性を増加させ、コンピュータ上に文章を書いて意思伝達する機会を増したということがある。字の上手下手も大きさも関係なく、キーボードから打ち込まれる文字情報だけで意思を伝達し、議論をたたかわせる必要に迫られている。手紙と違いその文字情報は瞬時に相手に届き、即座に返事を要求する点は会話に近い。だが会話のように身ぶり手振りや顔つきが伴わない分、論理性や正確さが文章に要求されることとなる。
もうひとつには、学生の多くがさしたる目標もないまま大学に入学し、生きる理由を探して漂っているような現代において、「論述作文」の授業で書くことを通じて、自分の内面を見つめ自分の生き方を考える機会が与えられるのではないかということである。多くの教員が、学生自身の生活や心、また大学に関することなどを作文のテーマとして出している。こうした課題に対処する過程で、ふだん考えることのない自分自身の内面といやでも向き合うことになる。「論述作文」の授業は、たんに文章を作る技術にとどまらず、学生にものを考えさせるきっかけになることを目標としている。その必要性はいつの時代でも決して小さなものではなく、また決して消滅することもない。
多くの植食者は1種類の植物だけを餌としているわけではないし、多くの植物は1種類の植食者にのみ加害されているわけでもない。多種類の利用資源や天敵が選択圧となるとき、適応進化は形質間の遺伝相関の制約を受けながら進むことになる。とくに形質間の負の遺伝相関、すなわちトレードオフは、同時に多くの選択要因に直接応答することを阻み、結果的に特殊化を招くことになるとして注目されてきた。ところが、複数の寄主植物を利用する植食者についての研究では、こうしたトレードオフが検出されることはまれであり、またトレードオフなしでも寄主範囲の縮小(specialization)は起こるとする説も出ている。
本講演では、二対一の植物−植食者間における選択圧とその応答について、量的遺伝学によるアプローチを紹介し、その後植食性昆虫の寄主範囲の進化に影響する要因について議論する。
自由集会「植物−植食者相互作用研究はどこへ向かう?」 企画責任者 巖圭介(桃山学院大学)
植物と植食者間の相互作用に関する研究は、1980年代から90年代にかけて大きく盛り上がりを見せた。植食者が寄主植物に適応して見せる形質変化と、植食者の食害に対して進化する寄主植物の抵抗性や耐性。相互に選択圧となりともに進化していく植物と植食者の共進化を軸に、植食者の天敵を含めた三者関係や間接相互作用へと話題は広がっていった。
そして今、私たちは何をどこまで理解したのだろう。もともと共進化という概念は、植食性昆虫の寄主範囲に見られるパターンを解釈しようとして提案されたものだった。では、私たちは植食性昆虫の寄主範囲の決定要因や寄主選択機構について、どれだけわかっているのだろう。
この自由集会では、多方面に拡散しつつある植物−植食者相互作用研究の原点に立ち戻り、植食性昆虫の寄主範囲や寄主選択に関する最新の知見を紹介してもらい、これからの方向を模索する。
- 植物−植食者相互作用の研究者たち:あの人たちは今 (巖圭介 桃山学院大学)
- 植食性昆虫の寄主選好性の強さに見られる緯度的クライン:化性−変動仮説の可能性 (石原道博 大阪女子大・理)
- 相互作用系における自然選択の地理構造と共進化動態 (東樹宏和・曽田貞滋 京大・院・理)
- アゲハチョウの産卵行動を刺激する味覚GPCR遺伝子の構造と発現 (尾崎克久・中山忠宣・吉川寛 JT生命誌研究館)
- 昆虫の植物適応が共生細菌で変わる (土田努 産業技術総合研・生物機能工学)
近縁種間の生殖干渉を組み込むことにより、植食性昆虫の分布パターンや寄主範囲の変化を統合的に説明できるモデルを作成した。2次元の格子空間に2種の寄主植物がランダムに存在し、両寄主を利用する2種の植食者個体群が半々に存在するところからシミュレーションを開始する。両種の間に資源競争と生殖干渉が起きるとき、生殖干渉の強さに応じて (1) 同所(同寄主上)共存、(2) 寄主特異化(寄主による棲み分け)、(3) 側所分布という3つのパターンの結果が生じた。寄主特異化は寄主を巡る資源競争だけでは現実的には起こりにくいが、わずかな生殖干渉が加わることにより他種個体数と自種適応度に負の相関が生じ、他種が好まない寄主上への選好性と適応度に正のフィードバックがかかって寄主範囲が狭まる。この場合、寄主範囲を決定するのは植食者と植物の共進化ではなく、近縁種との生殖干渉ということになる。
なお、他の結果(1,3)についても現実に観察される分布パターンであり、種の分布を決める要因として生殖干渉の果たしている役割が大きい可能性を示唆している。
生殖干渉とは、異種間の性的相互作用によって生じるあらゆる適応度上の損失を意味し、種間交尾による有効な交尾機会の喪失や、拒否行動に伴う時間的エネルギー的損失などさまざまな形で広く存在すると考えられる。近縁種間の生殖干渉は、資源を巡る競争に比べてはるかに容易に絶滅や地理的棲み分けを引き起こすことが理論的に示されてきた。このような生殖干渉を前提としたとき、近縁な2種が異なる資源に特異化するよう資源選好性を進化させる可能性を探るため、準個体ベースモデルを作成した。
2次元の格子空間に2種の寄主植物がランダムに存在し、両寄主を利用する2種の植食者個体群が半々に存在するところからシミュレーションを開始する。両種の間に資源競争と生殖干渉が起きるとき、寄主選好性が進化できるよう設定すると、生殖干渉の強さに応じて (1) 同所(同寄主上)共存、(2) 寄主特異化(寄主による棲み分け)、(3) 側所分布(地理的棲み分け)という3つのパターンの結果が生じた。寄主特異化は寄主を巡る資源競争だけでは現実的には起こりにくいが、わずかな生殖干渉が加わることにより他種個体数と自種適応度に負の相関が生じ、他種が好まない寄主への選好性とそこでの適応度に正のフィードバックがかかって寄主範囲が狭まるのである。
このモデルにより、植食者の狭食性は必ずしも植物との共進化の産物とは限らないことが示唆された。また、モデルの結果に見られた3つの分布パターンは、現実の近縁種群の分布に観察されるものを網羅しており、近縁種の分布を理解する上で生殖干渉が重要な役割を果たす可能性を強く示している。