ダーウィン辞典

(1)R.B. Freeman, Charles Darwin: A companion. Dawson, 1978. 2d online edition, 2007. <Frと略記>
(2)Patrick H. Armstrong, All things Darwin : an encyclopedia of Darwin's world. 2 vols., Greenwood, 2007. <Asと略記>
(3)Richard Milner, Darwin's universe : evolution from A to Z. University of California Press, 2009. <Mlと略記>
(4)J. David Archibald, Charles Darwin : a reference guide to his life and works. Rowman & Littlefield, 2019. <Abと略記>
(5)Paul van Helvert & John van Wyhe, Darwin : a companion. World Scientific, 2021. <Whと略記>

 チャールズ・ダーウィンに関連した人名、地名、書名などの事項をアルファベット順に配列した辞典5点を取り上げる。以下、それぞれの辞典は上に記した略号で示す。
 Frの著者フリーマン(Richard Broke Freeman, 1915-1986)はダーウィン書誌(The works of Charles Darwin : an annotated bibliographical handlist. 2nd ed., 1977)の編者として知られているが、この辞典もダーウィン研究に欠かせない資料であった。本文(pp.17-309)のうち、'Darwin, Charles Robert' の項目(pp.71-110)には「容姿」(Appearance)、「住居」(Homes)、「訪問地一覧」(Itinerary)など25の小見出しが立てられ、40ページが費やされている。その他の項目の解説は簡潔だが、人名や地名についてはダーウィンとの関係を示す文献が注記されている。著者は生前、同書改定の作業を進めており、その遺稿を基にした改訂版が第2版としてウェブサイトDarwin Online に掲載されている。このオンライン版に記載されているページ番号は該当する冊子体のページ番号である。
 Whの扉の著者名の下に、“building on the work of R.B. Freeman ; with iconographies by John van Wyhe”とある。Frの増補改訂版として作成されているが、分量は倍以上に増え、データも新しくなっている。本文463ページのうち、'Darwin, Charles Robert' の項目(pp.69-205)に137ページが費やされている。各種図版が掲載されているのもFrになかった特色である。著者のヴァン・ワイが主宰する「ダーウィン・オンライン」利用の手引きともなっている。
 Abの著者アーチボルド(J. David Archibald, 1950- )は哺乳類の初期進化を専門とする古生物学者だが、ダーウィンについての著作もある。本書は、ダーウィン年譜、ダーウィン辞典、それとダーウィン書誌の3部から成っている。最初の年譜(Chronology)では20ページにわたって、生年(1809)から没年(1882)までの各年ごとに、ダーウィンの行動と交友を記している。ここに登場する人名、地名、施設名などについては辞典の部で解説されている。本書の中核となっているダーウィン辞典(Entries A to Z, pp.1-125)はFrと同様の小項目辞典である。しかしFrと違って文献注記がない。最後の書誌(Bibliography, pp.127-165)の前半3分の2が一次資料(Published works by Darwin)に当てられ、後半3分の1が二次資料(Works about Darwin)に当てられている。どの資料についても解説は付記されていないが、主要な一次資料については辞典の部に立項されている。研究者がレファレンスとして利用するには物足りない。
 Asの著者アームストロング(Patrick Hamilton Armstrong, 1941- )は西オーストラリア大学の地理学者で、ダーウィンについての著作も多い。本書は全2巻で、本体部分486ページに181項目という大項目辞典であり、図版も多い。FrとAbは「調べる辞典」であったが、本書は「読む辞典」といえよう。巻末46ページの「付録」には、『ビーグル号航海記』、『種の起源』、『人間の由来』、および『自伝』からの抜粋が収録されている。学生向きに作成されたものと思われる。項目構成はユニークで、ビーグル号航海関係の項目が目立って多い。『ビーグル号航海記』に登場する大洋島はすべて立項され、ダーウィンにとってどのような意味を持っていたかが論じられている。地理学者として現場を見ているので、著者の解説には臨場感がある。『航海記』にも記載が無く、『ビーグル号日誌』にだけ記載されている「八つ石島」(Eight Stones)が立項されているのもこの著者ならではであろう。人名にも特徴的な項目があるが、中でも目立つのがアメリカの地質学者デーナ(James Dwight Dana, 1813-95)である。「エーサ・グレイ」の項目(3ページ)よりも多い4ページが当てられ、ダーウィンとの親密な関係のほか、先駆的な地質学者であったことが強調されている。化石動物としては、「始祖鳥」(Archaeopteryx)と「メガテリウム」のほかに、21世紀に発見されたデボン紀の「ティクターリク」(Tiktaalik)が立項されている。移行種の難点が解消された一例としているが、唐突な立項である。一般向けの辞典としては項目構成がバランスに欠けている。しかし各項目の解説は妥当であり、とくに地名の解説に見られる地理学者としての独特の観点は魅力的である。
 Mlは同じ著者ミルナー(Richard Milner)のThe encyclopedia of evolution (Facts on File, 1990. pbk, 1993)の増補改訂版で、488ページ、22 x 28 cm の大型本である。旧版の書名からも分かるように、ダーウィン辞典というよりも進化論辞典である。進化論とその歴史に関連した項目700余りを著者一人で執筆しているが、チャールズ・ダーウィンに直接、関連する項目は少ない。著者は自然史関係のライターおよびジャーナリストとして活躍している。グールド(Stephen Jay Gould, 1941 - 2002)による旧版の「序言」(新版にも掲載)によると、著者とグールドはクイーンズのジュニア・ハイスクールでともに学び、二人とも恐竜に熱中して変人扱いされていたという。グールドは学術の世界に進んだが、ミルナーは15年間をポップ・カルチャーの世界に身を置き、中年になってから自然史の世界にもどってきた。それだけに科学と社会との関わりに関心が強く、本書の項目選定や解説でも社会の中の進化論に注目しているという。各分野の専門家から見れば不十分なところがあるにもせよ、解説はわかりやすく、進化論史および現代進化学について基礎的な知識を得るには絶好の辞典であろう。しかし、書名にダーウィンの名はあるが、ダーウィンについての情報量は少なく、ダーウィン辞典と見なすことはできない。
 比較のため、 "King, Philip Gidley" (ビーグル号士官、ダーウィンの友人)と"King, Philip Parker"(前者の父、海軍将校)の項目を見てみよう。Fr、Wh、およびAsには両者とも立項され、Abでは後者だけ立項、Mlには両者とも立項されていない。Fr冊子体では後者の生年が「1793」と誤記されていたが、オンライン版で「1791」に修正されている。Asでは前者に1ページ分、後者に2ページ分が当てられている。Abの後者についての解説では前者に言及しておらず不適切である。Whには後者の父親で孫と同名の"King, Philip Gidley" も立項されている。
 以上のダーウィン辞典5点について結論をいえば、ダーウィン研究のレファレンスとしてはWhが不可欠であり、ダーウィン入門にはAsが適当であろう。